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 その日、私は大学近くにある馴染みの定食屋で夕飯を摘みながら、留年の決まってしまった友達を慰めていた。とはいえそれは半分建前のようなもので、大学生特有の「夜の過ごし方」だった。たまたま今回は、彼が留年してしまった、それだけの話だ。
 二人の間には紫煙が漂っている。そして私の指間に挟まっているのは、外国産の煙草。最近、パッケージと生産権を国内の会社が買い取ったせいで名はともかく実は国産になっている銘柄だ。
 頭の黄色い、ヒトコブラクダの描かれた箱を開けて、一本取り出す。同時に、殆ど根元まで来ていた口先の一本を灰皿に押し付け、立て続けに二本目に火をつける。カチッ、と圧電素子が火花を一瞬だけ上げ、すぐについた百円ライターのガスに、煙草の先端を持っていった。
 軽く口を膨らませて、火をしっかりと移す。すぐにライターを消して、巻紙が爪の先ほど焼ける程度に吸って、ぷはりと口を開ける。私個人の持論だが、こうすると煙草の煙が外気に冷やされてまろやかな味になるのだ。ついでに、いわゆる「ふかし」をした時に鼻に来る濃厚な煙草の香りも楽しめるという訳だ。
 何割かが目減りした煙を、今度は肺に入れる。少しだけ咽るような灰側の圧力を押し切って息を吸い込み、吐き出すと、今度は乾いた辛さが鼻と喉を駆け抜けた。
 ──私が煙草を吸っているのは、この、砂埃のようなエキゾチックな味が好きだからだ。国産の煙草、外国産の煙草。一通り吸ったが、日本に製造権を買収されたこの「元・外国産」が一番のお気に入りになり、現在に至る。ちなみに、メンソールはどれも好みに合わなかった。 「……で、後期の授業はどうするね?」
 我が大学は前期と後期に分かれており、私と友人のいる電気工学科は三年の前期にバリアがある。ここで所定の単位を取っていないと、研究室への配属を認められない。見込み進級はあるにはあるが、それで救済されたという例を、残念ながら私は知らない。
「全然分からない。前期の授業が基本になってるタイプの授業は捨てないと不味いかな……」
「電気材料は必修だぞ? 物性論の続きだが」
「マジ?」
「嘘を言ってどうする」
「ですよねー」
 彼は寝坊して物性論の単位を落としてしまった。当然ながら、追試や再試の権利はない。物性論に話題を移すと、二本目の煙草を早くも三分の一を吸ってしまった。根っからの貧乏性である私は、煙が熱くなって辛くまで吸う癖がある。灰を灰皿に落とし損ねてティッシュで軽くテーブルを擦りながら、話を続ける。
「そういえば、親御さんはこのこと知ってるのか?」
「いや、まだ話してない……」
 そりゃそうだろう、寝坊して留年などと誰が認めるものか。
 彼は必修、選択必修、自由選択というカテゴリーの中で、選択必修を後一つ……という惜しいところで留年してしまったのだ。だから、彼は見込み進級ができる珍しい部類に入れるかもしれない。大抵の留年者は、圧倒的低空飛行の単位数であっけなく中退していくか、お情けで学部を出して貰うかの二択なのだ。
「俺らも、随分長いよなあ」
 半分以上を吸った段階で、私はぼそりと言った。気が付けば学部の半分以上を過ごしていた、というのは時間が如何に相対的であるかをよく感じさせてくれる。小学生の頃は夏休みが終るのを今か今かと楽しみにしていたのに、宿題がないはずの大学生は夏休みが終ることに驚くのだ、「あれ、もう終りなの?」と。
「そうだねえ」
 友人が意図を汲み取ってくれて、同意する。彼とは大学で初めて顔を合わせた日からの友人だ。クラス委員に立候補した私と、副委員とでも呼ぶべきポストの彼、それからもう二人が合わさって、一頃は一緒に授業を受けていたものだ。
 この四人のうち、私と友人を含む三人は電気工学コースへ、残る一人が情報工学コースへと配属されて、情報の一人とは交流は減った。だが、道で会えば話が弾む程度には友情を残しているつもりだ。
「如何にも、っていう『大学生の飯屋スポット』で煙草吸いながら夕飯突きあってるんだぜ? 高校時代にゃ考えられなかったことさね」
「吸ってるのは君だけだけどね」
 受動喫煙で気分が悪くなっていた高校時代はどこへやら、二十歳を過ぎてから──ということにしておきたい──手を染めた煙草は今や手放せない一品になっていた。原稿の合間に吸って、また続きを書く。このサイクルがいつの間にやら出来上がっていたのだ。最近はニコチンの影響を考えて、書き終ってから一服して風呂に入り、そして寝るというサイクルになっている。
 言い訳に過ぎない、と自分でも感じているが、私にとっての煙草は依存性のある劇物ではなく、大人の嗜みとして自分に許す、数日に一度の贅沢だ。こうしてまとめて吸う時は、前後に数日禁煙して、一日一本になるように調整するか、さもなくば煙草など吸う暇もないほど忙しい日々を送るかのどちらかだった。「吸うと落ち着く」という喫煙者もいるが、私はまるで逆だ。落ち着いている時にじっくりと吸う。そうすることで煙草本来の旨味を、その日を終えた開放感と共に身体に染みこませるのだ。危ない成分を身体に取り込むだけでは薬物乱用と変わらないが、これならば煙草という名の料理を味わっているに過ぎない。何、毎日炭酸飲料ばかり飲んでいる連中と寿命は変わるまい。そう信じたい。
 私は減った煙草を揉み消して立ち上がった。
「さて、腹も膨れたし、酒でも呑みに行くか」
「おっ、いいねえ」
 定食屋を出て、街へと繰り出す。が、不意に私は逆方向に歩き始めた。
「どこに行くのさ?」
「いや、ちょっとな」
 歩いて一分もないところに、もう一つの定食屋はあった。今はすっかり内装が伽藍堂になって、何もない定食屋。かつて、一言も発さないおっちゃんとハスキーボイスの可愛いおばちゃんが切り盛りしていた、デカ盛りの定食屋だ。名物はギョウザ定食。餃子が五個と、男の手のひらほどにあるチキンカツ、それに味噌汁と一杯の銀シャリ。どう見てもギョウザ定食と呼べないほどギョウザの比率が少ないのだが、大学生はこぞって食いに訪れていた。私が一年坊主の時は先輩の世話になっていた定食屋で、一番のお気に入り。二年に上がると同時に、部活に女子部員が入るようになってからは足が遠のいた場所だった。そして、二年の夏休みにおばちゃんの体力が限界を迎えて閉店し、それから一年以上の日々が経つ。
「……今日は飲んで飲んで飲みまくるぞ。今何時だ?」
「まだ七時半。結構いけるね」
「よし、繰り出すぞ。いい店を見つけたんだ」
 想い出を肴に酒を飲むのは、いささか歳が若い気はする。だが、今の私たちには関係のないことだった。私と友人は歓楽街へと向かっていった。こういう時にはぴったりな、レトロを売りにしている焼き鳥屋があるのだ。その道すがら、私は一年坊主だった頃を思い出してた。少なくとも煙草が常習ではなかった頃の、淡い記憶。

***

 今は昔、ある金曜日の午後四時半近く。その日、私は大学での実験を終えた後、まっすぐに部室へと向かった。地震が起きたら今にも倒壊しそうなボロボロの建物だ。平屋建てのアパートのように、沢山のサークルがひしめくように部屋を並べていた。その中の一つ、SF研と書かれた扉を開ける。
「こんにちはー」
 部室の中には、様々な事情で部屋を同じくするサークル、推理研のメンバーが何人かいた。ゲームの麻雀をするもの、中央のテーブルに座って本を読む者。SF研の先輩が、返されたらしいレポートを読んでいた。
 機械工学科に所属するその先輩は、SFにとても詳しい。日本一活発なSF研──と称する我がサークルに於いて、一番の人だった。これは後で聞いた話だが、部室にあるSF関係書籍の二割は先輩のものだという。
 私は先輩の邪魔をしないように携帯電話を弄り、締切の迫りつつあった小説をちまちまと書き進めていた。パソコンよりも小型で持ち運びがしやすい携帯電話は、場所を問わずに執筆を進められるので重宝している。まったく便利な代物だ。
 五時半になると、皆でニュースを見る時間になる。夕方のニュースは妙にコアな層を狙った珍しいニュースばかり報道するので、暇潰しには最適なのだ。そうして六時になると、揃いも揃ってゾロゾロと部室を出て行く。部会の時間だ。推理研に部屋を任せ、講義棟の適当な教室を探しに行く。予約だけしておいてほったらかしにするサークルがかなり多いため、ジャックが利くのだ。概ね、五分経っても誰も来なければジャック対象になる。
 その日は、三回の部室から見て一番遠い教室に決まった。
「さてさて、今日の課題本は──」
 我らがSF研は、毎週一冊ずつ課題本なる図書を決め、それを読んできて感想を言い合うサークルだ。細かいネタを取り上げては笑いにして楽しみ、キャラクターの性格を紋切り型に決め付けて楽しみ、あらすじの類似性を古典に求めて楽しんでみる。毎度毎度、非常に愉快な部会だ。
 そして、全てが終るのは大体八時を過ぎた頃。ここで一旦部室に戻り、何か会議めいたことがあればここで話す。なければそのまま飯だ。大学近くにある飯屋は、弁当屋を含めて合計四件。雨の日はジャンケンで生贄を決め、その一人に全員分の弁当を取りに行かせる。私は幸運にも取りに行ったことはない。
 まだ桜の花が散り終った頃で、私が住む地域でのそれは五月の連休が終ったことを意味していた。皆でぞろぞろと同じ定食屋に行き、SFについてや、或いは科学的な事項、果ては流行のアニメや単位の取得など、先輩や同輩との会話は途切れることが一切なかった。
 山盛りのギョウザ定食を前に、同輩の一人が私にご飯を盛る。多くて食い切れないからと、時には飯の半分を貰う時があった。
 私と、三年で機械科にいるもう一人の先輩──三年の機械科は二人いるのだ──が、このサークルで大食の名が通った二人であった。しかし、先輩であっても攻略できない極めて危険なデカ盛りが、山の向こうにあるという。私はそれを制覇したいと願いつつ、未だに訪れたことすらない。
 ギョウザを頬張り、飯を掻っ込み、水で流し込んで、たっぷりのソースをかけたチキンカツに喰らいつく。それは至福の一時で、これがたったの五百七十円。しかも団体で来れば五十円割引というサービスっぷりだった。とてもではないが、ここ以上の店をどこに行っても見つけられそうにない。
「あ、君らは払わなくていいから」
 帰り際、先輩の放った一言は。この後六月まで奢りが続くのだが、その時はひたすらありがたかった。
「君らが二年生になった時、一年生に奢ってくれればそれでいいから」
 最も敬愛する先輩の一言である。私はこれを忠実に守ると決心し、その通りに実行した。全ての後輩たちにもまた、この一言を伝えた。きっと私が卒業する頃にはひとつの文句になっていると願いたい。

 さて、部室に戻ると、そこからはひたすらに談話の時間だった。推理研がいることも多々あったため、そこの先輩方が麻雀を打っている間、私はずっと観戦していた。その中に一人、第一打に絶対字牌を打たないというOBがいた。私は当時、彼を修士だと思っていたが、後に聞けばとっくに卒業していたという。サークルを見守っていた重鎮だということに気付くまで、私は丸々半年以上費やしていたわけである。
 そうして、推理研が打ち終えると、我々の時間である。この頃、私は夜が明けるまで麻雀に興じていた。今でも時を忘れて打ち続けることはままあるが、一年当時の私は五月の金曜日に家へ帰った記憶がない。私は今に至るまで自宅を離れたことはないが、今思えば本当に部室に入り浸っていた訳である。
「ロン!」
 下手の横好きとはまさにこのことである。人と打つのが楽しくて、点棒を次々と吐き出していきながらも、たまに大きな手を上がると鬼の首を取ったように喜んでいた、そんな麻雀を打っていた。今では様々なルール改正を経た──もちろん、特に私に有利な改正ではない──新しい麻雀を提唱し、クラスの仲間内で打ったりもしているが、SF研、サークルで打つ標準的なルールも、また楽しい。
 二年の先輩がとても強く、負かした夜には飛び上がって喜んだものだ。今でも最強の座に君臨している。
 夜が明けると、いよいよ解散となり、私は一眠りする。時々誰かしら先輩も一緒だったりする。朝の十時か十一時、たまに昼を過ぎてから、ようやく帰宅する。駅まで歩いて二十分、更に電車で三十分。地元の駅は沿岸部で、自宅は山の上。それでいて徒歩四十分である。土曜日であることも手伝って、よくよく両親のどちらかを呼び、迎えに来て貰っていた。満足感と虚脱感に襲われながら、夕飯に呼び出されるまで眠りこける。それが日常だった。

***

「ほれ、着いたぞ」
 昭和四十年代の雰囲気を色濃く残すポスターの群れ。それが我々を出迎えた顔だった。焼き鳥一本百円。日本酒一合、一番高いので五百円。そんな居酒屋で、私と友人は酒を酌み交わした。
 私はビールが苦手である。必ず、日本酒か梅酒、焼酎だけを飲むように心がけていた。もちろん梅酒も焼酎もロックである。
「乾杯」
 チン、と陶器のぶつかる音がして、お猪口の中身は瞬く間に空になった。飯を腹に入れた後のアルコールは吸収されずにまっすぐ胃の中を通り抜けていくのだ。
「つくねとねぎまと……軟骨にもろきゅう、後冷奴ね」
 本当に大学生なのか疑問を感じる一品を頼みつつ、私は三本目の煙草に火をつけた。紫煙が身体にまとわりついて、すぐに虚空へと消えていく。その一本は酒の勢いもあり、かなり強く吸ってしまったせいで煙が熱くなりすぎ、不味かった。次の一本は優しく吸おう、そう決めて私は二杯目の日本酒に手を伸ばした。
「俺たちはどこに就職するんだろうか」
 唐突に、私は未来のことを呟いた。学士にしても就職の斡旋は四年になってからだし、修士ならもっと先だ。それでも、何となく喋った。私は思ったことがすぐ口に出るタイプなのだ。
「えーと、自宅?」
「そんな悲しいこと言うなよ……お前の場合それが事実だとしても」
「……ん? ちょっと待て」
「待たない。お前は自宅に就職するんだ」
「えー」
 この軽いやり取りこそが、私と友人のいつものやり方だった。余計な気遣いの要らない、男二人の空間。友人に彼女はいるのか、と聞いたことはないが、例えいてもいなくても、私とこうやって飲んでくれるのならばどちらでも構わない。一方私には、遠距離でいる。但し、最近会っていないのが悩みである。いつか映画でも観に行きたい。
「お、このつくね美味いな」
「こっちの軟骨も中々」
 焼き鳥を一本ずつ平らげ、日本酒の瓶を開けていく。気付けば既に入店から二時間が経とうとしていた。そろそろ焼酎でも行くか、という私の提案に友人は軽く答え、二人して一番高い焼酎をロックで頼んだ。そして流石は一番高い銘柄。目を回すほど美味かったが同時に目を回すほど強かった。
「さて、そろそろ出るか?」
「そうしますか」
 ナトリウムの橙が暖かい、電球仕立ての店。その内装をもう一度見渡す。
 昭和初期か中期か、その頃のビールやハイボールの広告がある。大正時代の福助と、いつのか分からない柱時計。定時にボンボンなるようなものだ。だが、飲んでいる最中に鳴ったのか、それとも鳴らないようになっているのか、ボンボンは聞こえなかった。残念至極。
 伝票を貰うと、一人頭三千五百円程度だった。時計を見直すと、短針が四目盛りも回っていた。それだけの時間で一人三千五百円ならば安い安い。
 店主に「ごちそうさん」と声を掛けながら、店を後にする。結局、ヒトコブラクダの顔を拝んだのはこの店だけで五回。明日からは禁煙だな、と苦笑いし、友人宅へ向かった。
「今日は泊まるぞ」
 彼の家には日本酒と白酒の瓶が転がっている。これと、コンビニで買ったいくつかの菓子を肴にして、朝になるまで飲みまくるのだ。一人頭は千円もない、実に経済的な二次会だ。時間制限もない。
「二度目の乾杯だ」
「乾杯」
 毎度のように幹事をやる私は、友人の本人宅に於いても幹事を務めた。白酒の酒精度は五十を越える。この熱さに驚きと騒ぎを起こしつつも、その甘みに舌鼓を打った。日本酒は地元の銘柄。これを菓子だのつまみだので飲み干すのだから、実に贅沢な一日だ。私はその日、久々に記憶を失うほど飲みつくし、次に気がついたら家にいた。

***

 原稿を書きながら、昔を思い出していた。
 一年坊主だった頃の記憶、小説家を熱烈に志望していた、青い時代。卒業の一年遅れた友人を労った、三年の記憶。小説家になると決め、賞に送るべき原稿を書き始めた頃。そうして、修士を卒業し就職する一方で、二足目の草鞋として小説を書いている自分。
 思い返せば、随分と遠くに来たものだった。自らが何歳であることは、思い出すことを身体が拒否している。そうして、私は今日もノルマを書き上げ、黄色い箱のヒトコブラクダに手を伸ばす。
「うん、美味い」
 私は未だに、メンソールが苦手のままである。

(了)
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